日本時間生物学会用語委員会
千葉喜彦(委員長)、井上慎一、田村康二、永山治男、本間研一
時間生物学は、すべての生物のすべての構造段階(共同体(群集)、個体群、個体、器官、組織、細胞など)における自律振動現象、とくに環境サイクルの長さに似た振動(概リズム)を記載し、その機構や適応機能を扱う分野で、基礎、応用を間わず、生命科学のすべての分野と深く関係している。
時間生物学の重要性に対する認識が高まるにつれて、わが国でも3年前、全国組織の学会(日本時間生物学会)が発足し、今、会員は400名に達しようとしている。生物自律振動現象は基礎、応用を問わず生命科学の諸分野における関心事であり、また、生命科学以外からも関心が寄せられていて、それが会員構成にも反映している。
新しい分野であること、学際性が高いことなどから、用語に対する共通理解が必要であるとの認識のもと、時間生物学会は用語委員会を発足させ、ここに用語集を作成した次第である。
時間生物学は、ほかの自然科学同様、現象の記載から出発し、「もっともらしさ (plausibility) 」に依拠した仮説的機構論を経て、今や具体的な機構を明らかにする段階に移りつつある。記載と仮説的機構論の段階では、多くの経験則が唱えらた。用語の大部分は、この段階で使われはじめたものである。
時間生物学の研究は、概日リズムを中心に進められてきた。研究は、概リズム全般に広げられるべきであり、また、概リズムが深く関係していると思われる現象、たとえば光周性などもとりあげらるべきである。しかしながら、用語の多くは、研究が概日リズム(circadian rhythm)に集中してきたなかで生まれたもので、広く時間生物学の立場からみると、偏ったものになっている可能性が強い。
用語のなかには、使い方が人によって幾分違うものがある。このような場合は、無理に用法を統一することを避け、状況をそのまま解説した。邦訳については、比較的頻繁に使われるものを採用したが、無理がないと判断したものについては、訳語を新しくつけた。さらに、複数の訳語をそのまま収録したところもある。
用語には、物理学あるいは数学と共有するものが少なくないが、その用法には、必ずしも、数理的厳密性はみられない。これが用語の意味をあいまいにしていることがある。生命現象を扱う場合の特殊事情である。このような場合も、できるだけ使用状況にあわせて解説した。
この用語集は、基本的と思われる用語だけを収録した。時間生物学を積極的に応用している分野で独自に生まれた用語も少なからずあり、これらについての解説書も、将来つくられることが望ましい。
日本動物学会、日本植物学会、日本生理学会、日本睡眠学会などでも用語集の計画がある。用語は、学会の間で統一されることが望ましいが、これも将来の間題として残されるであろう。
用語集の公表方法については、運営委員会などでいくつかの意見があったが、最終的に、時間生物学会ホームページに収録すると同時に、学会誌に掲載する方法を選んだ。分量が少なく出版社の企画に合わないなどの問題があったのも一つの理由であるが、それよりも、学際分野なるが故に、出版分野についても偏りのないような配慮が必要であること、また、将来加筆訂正を行いやすい状態にしておく必要性があると判断したためである。
項目の説明については、用語委員会以外の方にもご協力を願った個所がある。公表についてはホームページ委員会、事務局に労をとっていただいた。記して謝意を表する。
英語用語をアルファベット順に説明する形をとった。和訳語については、英語用語のあとに括弧付けで表したが、アイウエオ順の索引を作成し、末尾に示した。
説明文中、重要な語句は太ゴシック体で表し、その多くについては、改めて項目を設けて説明した。
circadianの語を提唱した Halbergは、その範囲を、統計学的配慮を基に24±4時間としている。これは、実際の測定値の大部分を含むものであるが、周期は生物によってあるいは環境や遺伝的条件などによって変わり、この範囲を越えることもある。
circadain rhythm(概日リズム)は、環境サイクルのない、いわゆる恒常環境下でその存在が確かめられるものである。実験では、すべての環境要因を一定に保つことは事実上できない。したがって普通は、明るさと温度をできるだけ一定に保ち、それを恒常環境といっている。明るさに関しては、リズムが比較的安定して現われるという意味で、恒暗条件が基本になる。
circadian rhythmには、24時間を中心にしたある範囲の環境サイクルに同調する性質がある(→entrainment, synchronization 同調)。実験あるいは観察が24時間環境サイクルだけで行われる場合、そこで現われた生物現象の1日の変動も、内因性を確かめないまま(恒常環境の実験をすることなしに)circadian rhythmと呼ぶことがあって、用語上多少の混乱がある。
内因性を確かめないままcircadian rhythmという語を使うのは、ほかの実験、観察で(ほかの人が行った分も含めて)内因性であることがすでにわかっている場合、あるいは、このリズムの普遍性を根拠にして、内因性を一般的なこと(あるいは自明のこと)とみる場合などがある。前者では、circadianの使用は無理がないと思われるが、後者では、厳密にいえば、別の語をあてるのがいい。そのためには次ぎのような語がある。
主な文献:
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編責:
吉田尚生@北大・地球環境
(1999/03/21)