時間生物学は、すべての生物のすべての構造段階(共同体(群集)、個体群、個体、器官、組織、細胞など)における自律振動現象、とくに環境サイクルの長さに似た振動(概リズム)を記載し、その機構や適応機能を扱う分野で、基礎、応用を間わず、生命科学のすべての分野と深く関係している。
時間生物学の重要性に対する認識が高まるにつれて、わが国でも3年前、全国組織の学会(日本時間生物学会)が発足し、今、会員は400名に達しようとしている。生物自律振動現象は基礎、応用を問わず生命科学の諸分野における関心事であり、また、生命科学以外からも関心が寄せられていて、それが会員構成にも反映している。
新しい分野であること、学際性が高いことなどから、用語に対する共通理解が必要であるとの認識のもと、時間生物学会は用語委員会を発足させ、ここに用語集を作成した次第である。
時間生物学は、ほかの自然科学同様、現象の記載から出発し、「もっともらしさ (plausibility) 」に依拠した仮説的機構論を経て、今や具体的な機構を明らかにする段階に移りつつある。記載と仮説的機構論の段階では、多くの経験則が唱えらた。用語の大部分は、この段階で使われはじめたものである。
時間生物学の研究は、概日リズムを中心に進められてきた。研究は、概リズム全般に広げられるべきであり、また、概リズムが深く関係していると思われる現象、たとえば光周性などもとりあげらるべきである。しかしながら、用語の多くは、研究が概日リズム(circadian rhythm)に集中してきたなかで生まれたもので、広く時間生物学の立場からみると、偏ったものになっている可能性が強い。
用語のなかには、使い方が人によって幾分違うものがある。このような場合は、無理に用法を統一することを避け、状況をそのまま解説した。邦訳については、比較的頻繁に使われるものを採用したが、無理がないと判断したものについては、訳語を新しくつけた。さらに、複数の訳語をそのまま収録したところもある。
用語には、物理学あるいは数学と共有するものが少なくないが、その用法には、必ずしも、数理的厳密性はみられない。これが用語の意味をあいまいにしていることがある。生命現象を扱う場合の特殊事情である。このような場合も、できるだけ使用状況にあわせて解説した。
この用語集は、基本的と思われる用語だけを収録した。時間生物学を積極的に応用している分野で独自に生まれた用語も少なからずあり、これらについての解説書も、将来つくられることが望ましい。
日本動物学会、日本植物学会、日本生理学会、日本睡眠学会などでも用語集の計画がある。用語は、学会の間で統一されることが望ましいが、これも将来の間題として残されるであろう。
用語集の公表方法については、運営委員会などでいくつかの意見があったが、最終的に、時間生物学会ホームページに収録すると同時に、学会誌に掲載する方法を選んだ。分量が少なく出版社の企画に合わないなどの問題があったのも一つの理由であるが、それよりも、学際分野なるが故に、出版分野についても偏りのないような配慮が必要であること、また、将来加筆訂正を行いやすい状態にしておく必要性があると判断したためである。
項目の説明については、用語委員会以外の方にもご協力を願った個所がある。公表についてはホームページ委員会、事務局に労をとっていただいた。記して謝意を表する。
日本時間生物学会用語委員会
千葉喜彦(委員長)、井上慎一、田村康二、永山治男、本間研一
1998年2月28日
α/ρ ratio(活動・休息比)
1つのcircadian cycle を 活動期と休息期の2つに分けたとき、両者の長さすなわち活動時間(activity time:ά) と休息時間(rest time:ρ)の比。環境条件あるいは生理的条件によって変わる。
acrophase(頂点位相、頂値位相)
タイミングの尺度。リズムに最も近似する関数(例えば正弦関数)の頂点(最大値)の位相角。時計や外部環境サイクルの特定の位相(例えば、午前6時、日没時など)を基準にして、そこからの時間であらわしたり、体内リズムの特定の位相(例えば覚醒時刻)からの時間であらわしたりする。前者をexternal (外的)acrophase といい、後者を internal (内的)acrophaseという。
actograph(アクトグラフ、活動記録装置)
歩行活動、飛翔活動などの記録装置。
actogram(アクトグラム)
歩行活動量、飛翔活動量の時間的変化を表す図。
activity period(活動期)
リズムの1サイクルを活動状態と休息状態に2分してみるとき、活動が続く(活動が比較的連続して起こる)時間帯
→rest period
activity time(活動時間)
リズムの1サイクルの中の活動期の長さ。αであらわす。→α/ρ ratio, rest time(休息時間)
amplitude(振幅)
測定値の時間変動の幅。物理学的厳密さで、最近似周期関数(例えば正弦振動)の平均値と最大(小)値との差をいうこともある。
antiphase(逆位相)
周期(周波数)を同じくする2つの振動の位相に約180度の差がある状態。一方の振動のピークが、他方の振動の谷と時間的に一致する状態。
autorhythmometry
bimodal
biological clock (生物時計、体内時計)
circa-rhythm(概リズム)の中枢機構。単にclock(時計)ともいう。環境サイクルの長さに似た周期で自律的に振動し、種々の生理機能に作用して概リズムを発現させるはたらきをもつ。概日リズムを支配する生物時計(circadian clock 概日時計)の所在として、哺乳類のげっし類(ネズミの類)では視床下部のsuprachiasmatic nuclei (視交叉上核)が知られている。また、鳥類では、pineal body(松果体)が最も注目されているが、目や視交叉上核も概日リズムの支配に関わっているといわれ、所在を特定の組織に限定することはできない。昆虫のなかで、ゴキブリやコオロギでは、 複眼のすぐ奥に位置するoptic lobes(視葉)、また、ナツメガイ(軟体動物後鰓類)では目の奥にあるbasal retinal neurons(網膜基部ニューロン)に時計がある。体内に概日時計が複数あり、それらの間に主従関係が想定される場合もある。その場合、主の方をmaster clock(主時計)、従の方をslave clock(従時計)とよぶことがある。
biological rhythm (生物リズム、生体リズム)
生物の内因的な(endogenous, self-sustaining)周期現象で、環境の周期変動のない状態でも起こる。biorhythm(バイオリズム)ともいうが、これは運命判断の用語にも使われているため、混同しないよう時間生物学では避ける傾向がある。生物リズムのなかには、一日のリズムのように環境サイクルに同調した形で現われるものがあるが、これらのリズムは、変動をできるだけ一定に保った、いわゆる恒常環境に移されたあとも、環境サイクルの長さに似た(例えば約一日の)周期で継続する。
→circa-rhythm, infradian rhythm, ultradian rhythm
biorhythm (バイオリズム)
biphasic
chronobiology(時間生物学)
生物リズムを記載し、その機構を解明する生命科学の一分野。生物リズムのなかでも、とくに環境サイクルと似た周期のもの(→circa-rhythm)を扱う。chronoは、ギリシャ語由来の時 (time) を意味する連結形。 [参考]アメリカの動物生態学者Chapman(1931)は、古典として定評のある著書「Animal Ecology」のなかで、chronologyという題の章を立てて、動物の時間分布を論じている。ちなみに、彼は、空間分布を論ずるのにchorology という語を用いているが、choro は同じくギリシャ語由来の場所(place) を意味する連結形である。
chrono-
時間生物学的視点が強調されるとき、種々の語と連結して用いる。
chronobiology (時間生物学 )
chronogram 測定値が時間の関数として変化する状態を表わした図。
chronopharmacology 時間生物学的アプローチが用いられる薬理学。
chronotherapy(時間治療)時間的要因とくにリズムにしたがって施される治療。 chronotherapeutics(時間治療学)時間治療を研究する学問。
circa-
「約」「ほぼ」を意味する、ラテン語由来の前置詞であるが、環境サイクルの長さを表す語と連結して生物リズムの周期を表すのに用いる。
circadian rhythm (概日リズム) circa(約)+dies(一日)=約1日
circabidian rhythm circa+bi(2)+dies=約2日
circalunar rhythm (概月リズム)circa+lunar(月)=約ひと月
circannual rhythm (概年リズム)circa+annual(年)=約1年
circatidal rhythm (潮汐リズム)circa+tidal(潮汐)=約半日(約12.4時間)
circaseptan rhythm circa+septenary(7)=約7日
circasyzygic rhythm circa+syzygy(朔望月)=約1月(約29.5日)
circadianの語を提唱した Halbergは、その範囲を、統計学的配慮を基に24±4時間としている。これは、実際の測定値の大部分を含むものであるが、周期は生物によってあるいは環境や遺伝的条件などによって変わり、この範囲を越えることもある。
circadain rhythm(概日リズム)は、環境サイクルのない、いわゆる恒常環境下でその存在が確かめられるものである。実験では、すべての環境要因を一定に保つことは事実上できない。したがって普通は、明るさと温度をできるだけ一定に保ち、それを恒常環境といっている。明るさに関しては、リズムが比較的安定して現われるという意味で、恒暗条件が基本になる。
circadian rhythmには、24時間を中心にしたある範囲の環境サイクルに同調する性質がある(→entrainment, synchronization 同調)。実験あるいは観察が24時間環境サイクルだけで行われる場合、そこで現われた生物現象の1日の変動も、内因性を確かめないまま(恒常環境の実験をすることなしに)circadian rhythmと呼ぶことがあって、用語上多少の混乱がある。 内因性を確かめないままcircadian rhythmという語を使うのは、ほかの実験、観察で(ほかの人が行った分も含めて)内因性であることがすでにわかっている場合、あるいは、このリズムの普遍性を根拠にして、内因性を一般的なこと(あるいは自明のこと)とみる場合などがある。前者では、circadianの使用は無理がないと思われるが、後者では、厳密にいえば、別の語をあてるのがいい。そのためには次ぎのような語がある。
daily, day-night, dian, diel, 24-hour
さらに厳密にいえば、これらの語の後にはrhythmではなく例えばvariationをもってきて、24-hour variationというように表す。rhythm自体、内因性の意味を含んでいるから、内因性かどうかわからないときは、この種の表現のほうが適当と思われる。
diurnal は本来「昼」あるいは「1日」を意味するが、混乱を避けるためにnocturnal「夜」に対する言葉として「昼」の意味でだけ用い、「1日」の意味での使用は避ける傾向にある。
環境サイクル下の1日のリズムを表す言葉として、日周(期)リズム、日周変動などがある。医学では「日内」が「日周」と同じ意味で使われることもある。種々の制限のため長期の観察、実験をすることが難しく、周期の存在自体も確かでない場合がある。「日内」は、このような時、1日の変動を記載するものとして、「日内変動」という形で使うのであれば、むしろ適切な言葉であろう。これに対応した英語としてwithin-a-day variationがある。
上に述べたようなことは「circadian」以外のリズムについても問題になるはずであるが、研究の対象になることが余り多くないので、いまのところ表面化していない。ただ、例えばcircaseptan(約1週間)のように、周期の呼称に対応したサイクルが環境の側に果たして実際に存在するのかどうかということが議論になっている場合もある。
circadian rhythm(概日リズム)
circa(約)+dies(一日)=約1日
→circa-
circabidian rhythm
約2日(circa+bi(2)+dies)周期のリズム。ヒトのほか、ラット、昆虫などで知られている。
→circa-、→day skipping
circalunar rhythm(概月リズム)
circa+lunar(月)=約ひと月
→circa-
circannual rhythm(概年リズム)
circa+annual(年)=約1年。circannian rhythmともいう。
→circa-
circaseptan rhythm
circa+septenary(7)=約7日
→circa-
circatidal rhythm
circa+tidal(潮汐)=約半日(約12.4時間)
→circa-
circasyzygic rhythm
circa+syzygy(朔望月)=約1月(約29.5日)
→circa-
circa-rhythm
環境サイクルの長さに似た周期の生物リズムの総称で、chronobiology(時間生物学)の主な研究対象になっている。
→circa-
circadian activity(概日活動)
活動の概日リズム。活動は、広い意味では、種々の生理、生化学的機能の属性であるが、狭い意味では、歩行、飛翔など体全体あるいは体の一部の、外から観察可能な運動。
circadian clock(概日時計)
circadian system(概日系)
体内の諸生理機能は概日リズムの支配下にある結果、互いに特定の時間関係を保っている。このような目で生命体をみたとき、それをcircadian system(概日系)という。
circadian time(概日時間)
概日リズムの周期(約24時間)を、ちょうど24時間に見立てて、それを24等分した時間制。すなわち、機械時計ではなく概日時計を用いた時間制。研究のためには、この時間制の方が便利なことが多い。例えば周期が23時間のリズムの場合は、概日時間の1時間は、機械時計の23/24時間に相当する。普通は、subjective day主観的昼の始まりを概日時間の零時とする。それは、24時間明暗サイクルに同調しているときの、明期の開始に対応する位相である。
clock
clock gene(時計遺伝子)
厳密な意味では概日リズムの基本振動の発生機構を構成する蛋白質をコードする遺伝子。従って、概日リズムの周期の突然変異体や無周期変異体からその原因遺伝子をクローニングした場合、それが時計遺伝子であることを示すには多くの条件が必要である(Science 263: 1578)。しかし、あいまいな意味で使われることも多い。一方、基本振動がさまざまなリズムを制御する過程でリズムを示す遺伝子はccg (clock-controlled gene)とよばれることもある。
complete photoperiod(完全光周期)
普通の明暗サイクルのこと。適当な長さの明期と暗期がくりかえされる照明条件。
→skeleton photoperiod
constant dark(恒暗)
暗黒が続いている状態。
constant light(恒明)
点灯下で、一定の明るさが保たれている状態。
crepuscular(薄明、薄暮時の)
日の出、日没前後の(夜昼の境の)薄暗い時間帯をあらわす。crepuscular animal, crepuscular activity, crepuscular rhythmというふうに用いる。
crossover point:
phase response curve(位相反応(応答)曲線)が、phase shift(位相変位)ゼロのレベルを切る時刻(circadian time概日時間であらわす)。すなわち、外部刺激に対して概日リズムが前進する時間帯と後退する時間帯の境界の時刻。
dark period(暗期)
明暗サイクルの暗期。dark time, dark phase, scotophaseなどともよぶ。暗期には明かりがないのが普通であるが、ある程度の明かり(例:ヒトの実験では読書できる程度の明かり)を与えることもある。
dark time
dark phase
daily
daily mean curve
1日の平均曲線。数日間の測定値を時刻ごとに平均して1日の曲線としてあらわしたもの。
day-night
day skipping
活動が1日あるいは2日とばしで、あるいは概日サイクルを1つあるいは2つとばして起こること。1日とばすと、circabidian rhythmになる。
desynchronization(脱同調)
複数のリズム間の同調関係が崩れること。体内のリズムの間で起こる場合をinternal desynchronization(内的脱同調),体内リズムと環境サイクルの間で起こる場合をexternal desynchronisation(外的脱同調)という。
dian
diel
diphasic(双峰性)
電気用語で2相性。生体リズムが、1サイクルに2つのピークをもつ意味にも使われる。同じ意味で biphasic, bimodalなどが使われることもある。しかし、biphasicは本来、生活環が胞子体(核相2n)と配偶体(核相n)の2相からなることを意味し、bimodalは統計的なmodeが2つある(頻度分布曲線が2つの山をもつ)ことを意味する語である。→monophasic
diurnal(昼間の)
昼間、あるいは明暗サイクルの明期をあらわす形容詞で、nocturnal(夜間あるいは明暗サイクルの暗期をあらわす形容詞)と対で用いる。本来「1日の」という意味もあるが、混乱を避けるために、時間生物学では、この意味での使用を避ける傾向にある。
→nocturnal
entrainment(同調)
ある自律的リズムが、他の振動に強制的に同調させられること。例えば、概日リズムには1日の明暗サイクルあるいは温度サイクルに同調する性質がある。ガモフによれば、この言葉を自然科学で始めて使ったのは17世紀のオランダの物理学者ホイヘンスである。あるとき、周期のわずかに違う2個の振り子時計を軽い板の上にとりつけると、やがて違いがなくなって同じ速さで動くようになることを見つけて、その現象をentrainmentとよんだ。
→synchronization
entraining agent、entrainer(同調因子)
他のリズムに対して同調を強制する振動(forcing oscillation)。たとえば概日リズムが同調させられる相手(明暗サイクルあるいは温度サイクル)のこと。
→synchronizer, zeitgeber, time cue
entrainment by frequency demultiplication(周波数非増加同調)
概日リズムは、6時間あるいは12時間といった、entrainment range(同調範囲)から大きくはずれた長さの明暗サイクルに同調して、24時間の周期を示すことがある。このように、整数倍の周波数(整数分の一の周期)をもつ環境サイクルに対して、概リズムが、自分の周波数を増加させることなく(周期を変えることなく)同調すること。
→ frequency demultiplication
entrainment by partition(分離再同調)
明暗あるいは温度サイクルなどentraining agent(同調因子)の位相が変わると、それに応じて生物リズムの位相も変わり(→phase shift)、両者の間で再同調が達成される(→reentrainment, resynchronization)。この過程で、位相変位の方向が生理機能の間で異なること。すなわち、あるものは前進、あるものは後退することによって再同調を達成する。
free-run(freerun, 自由継続、フリーラン)
明暗あるいは温度サイクルなどのentraining agent(同調因子)の影響から逃れて、固有の周期でリズムが現れている状態。普通は恒常環境下で観察される。
free-running period (τ)(自由継続周期、フリーラン周期)
free-run(自由継続、フリーラン)しているリズムの周期。ギリシャ文字のτ(タウ)であらわす。
free-running rhythm (自由継続リズム、フリーランリズム)
free-run(自由継続、フリーラン)しているリズム。
frequency(周波数)
単位時間にあらわれるサイクル数。period(周期)の逆数。
frequency demultiplication(周波数非増加)
→entrainment by frequency demultiplication(周波数非増加同調)
forcing oscillation(強制振動)
gate(ゲート)
一生に一度の発生現象(例:昆虫の羽化)が、1日の特定の時刻に起こる機構を説明するための概念。ショウジョウバエが早朝あるいは24時間明暗サイクルの明開始直後に羽化する(成虫が蛹の殻を破ってでてくる)機構を説明するためにPittendrighが導入した。羽化の準備を万端整えた昆虫は、必ずしも直ちに羽化するのではなく、特定の概日時刻(概日リズムの特定位相)の到来をまって羽化する。この時刻は24時間環境サイクル下では毎日、恒常環境下では約24時間周期でおとずれる。ヒトの出生のタイミングなども含めて、この概念があてはまると考えられる現象をgating phenomenonなどとよぶ。ちなみに電子工学でも似た意味でgateという語が使われている。すなわち、入力端子に入った信号がすべて出力端子に伝えられるとは限らず、ある時間間隔に入力されるものだけをとりだして出力側にまわす回路として、ゲート回路(gate circuit)とよばれるものがある。
hour-glass(砂時計)
1サイクルだけ作動する時計。
→resonance experiment
internal desynchronization(内的脱同調)
infradian rhythm
概日リズムより周期の長いリズム。
jet lag(ジェットラグ)
ジェット機によって東西方向に急速に長距離移動することによって生じる生理的不調いわゆる時差ボケ。
LD ratio(明暗比)
明暗サイクルにおける明期と暗期の長さの比。
light-dark cycle(LD cycle、明暗サイクル)
明期と暗期のくり返し。 サイクルの長さを"T"であらわす。暗期にある程度の明かりを与えることもある。
light period (明期)
明暗サイクルの明期。
→light time, light phase, photophase, dark period
light time
light phase
limits of entrainment(同調限界)
circa-rhythm(概リズム)が同調しうる環境サイクルの長さの限界値(最大と最小値)。
→range of entrainment
marker rhythm(マーカーリズム)
実用上の目安としてのリズム。例えば、chronotherapy 時間治療において、体温あるいは病巣の温度リズムを指標として薬物投与の時刻を定める場合、この温度リズムをmarker rhythm という。また、深層のリズムをみるのに、便宜上、表層のリズム(overt rhythm)を測る場合、後者をmarker rhythmということもある。ヒトでは、体内時計の動きをみるための最も適当なmarker rhythmとして、体温や尿中のカリウムのリズムなどがあげられている。
masking(マスキング)
歩行活動など、諸々の生理機能は、体内のタイミング機構である時計(biological clock)の支配で周期的に変化するが、一方、時計機構を介さないで外部刺激に直接反応して変化するしくみも同時に備えている。したがって、実際の測定結果には両方の変化が混在し、時計機構の支配が隠されて正しくあらわれない。これをmasking(マスキング)という。たとえば、明暗サイクルの下では、光の直接影響によって明暗変化の直後に活動性が急激に変化し、恒暗条件下とは異なる波形のリズムが観察されることが珍しくない。maskingは、体内の生理学的要因によっても起こることがあり、これを外部環境によるexternal masking に対してinternal maskingとよぶ。ちなみに物理学では、ある音が別の音で掩蔽されること、化学では、分析の妨害になる物質を何らかの方法で安定な物質に変えて遮蔽することなどをmaskingという。
mesor
数サイクルにわたって 周期的に変動する測定値の算術平均。例えば、周期変動に最適余弦(正弦)曲線をあてはめる場合は、その最大値と最小値の中央の値。
monophasic(単峰性)
生体リズムにおいて、1サイクルにピークが1回だけあること。1日1回活動すること。ピークが複数のときはpolyphase。電気用語で単相の意。
→diphasic
Nanda-Hamner experiment(ナンダ-ハムナー実験)
nocturnal(夜間の)
夜間あるいは明暗サイクルの暗期をあらわす形容詞。
→diurnal
nocturnality(夜行性)
夜間あるいは明暗サイクルの暗期に活動性が高まる性質。
nonparametric entrainment(ノンパラメトリック同調)
概日リズムが1日の明暗サイクルに同調するとき、日没、日の出の(明暗変化時の)急激な(不連続的な)照度変化が最も強く作用する。急激な(不連続的な)照度変化によって生じる同調をnonparametric entrainmentという。一方、同調には、明期あるいは暗期の照度もある程度作用するといわれる。照度依存的な同調様式をparametric entrainmentという。
→parametric entrainment
oscillator(振動体)
自律振動の機構をそなえた生理、生化学的組織で特定の周波数の波形を定常的に発生する。circadian oscillator (概日振動体)は概日周期の振動体で、circadian clock(概日時計)と同じ意味で使われることがある。また、生体リズムを駆動する中枢機構をdriving oscillator(駆動振動体)などとよぶこともあり、これもまた場合によっては概日時計と同じ意味をもつ。
overt rhythm
観察可能な、実際に測定しうる表層のリズムのこと。深層にある体内時計の動きをおもてから観察するという考え方から使われる。
pacemaker(ペースメーカー)
生物リズムを支配する中枢部位。一般に、自らの自律振動によって、生物のリズムを決定する部位をいうが、時間生物学では、biological clock(生物(体内)時計)、driving oscillator(駆動振動体), circadian oscillator(概日振動体)などと同義。
parametric entrainment(パラメトリック同調)
概日リズムの1日の明暗サイクルに対する同調に、明期あるいは暗期の照度もある程度作用するといわれる。この照度依存的な同調様式をparametric entrainmentという。同調には、日没、日の出の(明暗変化時の)急激な(不連続的な)照度変化が最も強く作用する。急激な(不連続的な)照度変化による生じる同調をnonparametric entrainment(ノンパラメトリック同調)という。
period(周期)
リズムで、特定の位相があらわれる間隔。リズムの1サイクルの長さ。普通、生物リズムの周期はτ(タウ)で、環境サイクルの長さはTであらわす。
periodicity(周期性)
同じことが(あるいは似たことが)、一定の時間間隔でくりかえされること。
phase(位相)
振動の時々刻々の状態。ある時点における変数の値。リズムの研究では、特定時点における状態、例えば「活動ピーク」「活動開始」などを代表的な位相として用いることが多い。
phase advance(位相前進)
位相が時間軸に沿って前進すること。
→phase shift
phase angle(位相角)
振動の任意の位相に対応する横軸の値。例えば歩行活動リズムの開始時を、標準時の特定時刻あるいは別の生理機能(例えば体温)のリズムの特定時点を基準にして角度、ラヂアン、時間などであらわしたもの。
phase angle difference (位相角差)
ふたつの振動の、相対応する位相角の差。
phase delay(位相後退)
位相が時間軸に沿って後退すること。
→phase shift
phase response curve (PRC) (位相反応曲線、位相応答曲線)
概日リズムは、ただ1回の外部刺激によって位相変位を起こすが、変位の方向(前進、後退)と度合いは、刺激が与えられる位相に依存して変わる。この変化の状態を概日時間に対してあらわした曲線をphase response curveという。
phase shift(位相変位)
位相が時間軸に沿って移動すること。24時間明暗サイクルを、例えば明期を1回だけ短く(長く)することによって前進(後退)させると、それに同調していた概日リズムも、明期が短くなった分だけ前進(後退)してresynchronization 再同調が達成される。これを位相変位という。位相変位は→phase advance, phase delay
photoperiod(光周期)
light-dark cycle(LD cycle)明暗サイクルのこと。
→complete photoperiod, skeleton photoperiod
photoperiodism(光周性)
明暗サイクルの明期あるいは暗期の長さによって、生理的活動が影響を受けること。植物では、花芽形成、休眠など、動物では生殖線の発達、休眠、渡りなどの季節的現象に光周性がある。1日の長さを測る機構が背景にあるとされていて、概日リズムとの関係が注目されている。光周期性ともいう。
photophase(明期)
phototherapy (光療法)
高照度の人工照明を一定時刻に短時間照射する治療法。季節性感情障害あるいは睡眠覚醒リズム障害の治療に有効とされている。生物リズムの位相あるいは環境に対する同調性に作用して奏功すると考えられてきたが、これを否定する有力な説もある。
range of entrainment(同調範囲)
概リズムが同調しうる環境サイクルの長さの範囲。たとえば、概日リズムの同調を可能にする明暗サイクルの長さには、24時間を含んで数時間の幅がある。
range of oscillation ( 振動幅)
振動の最大値と最小値の差。
→amplitude
relative coordination (相対協調)
同調因子の作用が弱い場合、リズムは、それに同調せず、しかしその影響下で周期やα/ρ(活動・休息比)を周期的に変化させることがある。この状態をrelative coordination という。同調因子が環境サイクルの場合をexternal relative coordination(外的相対協調), 体内のリズムの場合をinternal relative coordination(内的相対協調)という。
resonance experiment(共鳴実験)
光周反応と概日リズムとの関係を調べるための実験。一定の長さの明期と種々の長さの暗期からなる光周期(明暗サイクル)のもとで、休眠や花芽形成などの光周反応のあらわれ方を調べる。かりに明期を12時間とした場合、光周期(明暗サイクル)の長さは、暗期6時間の場合は18時間、10時間の場合は22時、12時間の場合は24時間・・・・・となり、それぞれの光周期のもとで光周反応を調べる。光周期の長さによって光周反応が変化し、約24時間あるいはその倍数のときにピークになるような結果が得られれば、これらの光周期に共鳴する機構すなわち概日時計が関与している可能性があるとされる。光周反応が約24時間光周期のときにだけピークになる場合は、概日時計のように振動型ではなく、1サイクルだけ作動するhour-glass 砂時計型の計時機構がはたらいている可能性があるといわれる。この方法を思いついた人の名前をとってNanda-Hamner experiment(ナンダ-ハムナー実験)ともよばれる。
rest period(休息期間)
リズムの1サイクルを活動状態と休息状態に2分してみるとき、休息が続く(活動が比較的連続してみられない)時間帯 。
→activity period
rest time(休息時間)
休息期間の長さ。
→rest period, activity period
restricted feeding(制限給餌)
歩行活動などの概日リズムの研究では、通常、餌が好きなときに食べられるような配慮をする。しかし、リズムに対する摂餌の影響をみるときなど、計画的に時間を制限して餌を与えることがある。これを制限給餌という。
resynchronization(再同調)
脱同調状態にある複数の振動が再び同調すること。環境サイクルと体内リズムの間、あるいは複数の体内リズムの間で生じる。
rhythm(リズム)
同じ(あるいは似た)状態が、自律的かつ周期的にくりかえされること。周期的であることが適当な統計的手法によって証明されている必要がある。
rhythmicity (周期性)
同じことが(あるいは似たことが)、一定の時間間隔でくりかえされること。periodicity(周期性)と同義であるが、それよりも厳密に、周期成分が統計的に検出された場合に使うとする意見もある。
rhythmometry
統計的手法によってリズムを記載すること。
scotophase(暗期)
seasonal affective disorder(SAD、季節性感情障害)
特定の季節に発症し特定の季節に寛解するうつ状態をくり返す感情障害(躁鬱病)の一亜型。秋冬季に発症し春夏季に寛解する冬型(冬季うつ病)が多いが、逆に春夏に発症する型もある。
seasonality (季節性)
季節によって変化する性質。
self-sustaining oscillation(自律振動)
周期的なエネルギーの供給がなくても、自分の仕組みによって持続する振動。circa-rhythmがその典型。
shift work( 交代制勤務)
1日を複数の勤務時間帯にわけて、その間を人々が交代で仕事に当たる勤務形態。1日のさまざまの時間帯に勤務することになるため、労働医学上の問題をかかえている。
skeleton photoperiod(枠光周期、骨格光周期)
明暗サイクルの代わりに、明期と暗期の境目(これを明暗サイクルを形作っている枠(骨格)とみる)としての光変化を、光パルスの形で恒暗条件下で与える。このような照明条件をskeleton photoperiodという。例えば12時間明-12時間暗のサイクルを与える代わりに、恒暗条件下で、12時間間隔で短い光パルスを与える。生物は、1日に2回あたえられる光パルスの一つを明開始(日の出)と判断し、もう一つを暗開始(日没)とみて、普通の明暗サイクルのときのような変化を示す。
→complete photoperiod
sleep cycle(睡眠周期)
睡眠中はレム睡眠とよばれる状態が比較的規則正しく出現するが、あるレム睡眠が終了してから次のレム睡眠が終了するまでをsleep cycle(睡眠周期)という。
split(リズム分割)
周期τのリズムが、2つの周期成分(それぞれτに近い同じ値の周期を示す)に分かれ、それらが180度の逆位相関係を保つこと。→antiphase
steady state(定常状態)
生体リズムが安定した状態を保っていること。
subjective day(night)(主観的昼(主観的夜))
24時間環境サイクルのもとでは、体の状態が昼と夜で変わるが、恒常環境下でも約24時間周期で昼の状態と夜の状態が交互に起こり概日リズムが現れる。その昼の時間帯をsubjective day(主観的昼)、夜の状態をsubjective night主観的夜という。昼(夜)行性動物で、明(暗)期開始と同時に活動を始める種類では、恒常条件下の概日リズムの1サイクル(概日時間の24時間)を、活動開始時を起点として半分に分け、前半(概日時間の12時間)を主観的昼(夜)とし、残りを主観的夜(昼)とする。
→circadian time
synchronization(同調)
複数の振動が互いにあるいは一方的に影響しあって同じ周波数にある状態。周波数が互いに整数倍あるいは整数分の一の関係にある場合もある。一方的な影響の場合はentrainment(同調)がよく使われる。
synchronizer(同調因子)
T experiment(T実験)
環境サイクルの長さ(T)の変化に対する概日リズムの反応を調べる実験。
temperature compensation(温度補償)
概日リズムの周期が温度の影響をほとんど受けないこと。周波数(周期の逆数)を反応速度として計算したQ10(temperature quotient 温度係数)が1に近い値をとる。環境サイクルに対する同調性と並んで、概日リズムの最も注目すべき性質の一つ。時計が真に計時機構としてはたらくためには、作動周期が環境の影響を受けないことが必要である。温度補償性は、その条件を満足させるものであるといわれている。温度補償性は、しばしば水産変温動物の代謝速度にもみられることがわかっていて、metabolic temperature compensation(代謝温度補償)とよばれている。
temperature independence(温度不依存)
temperature compensation(温度補償)のことを、かつてこう呼んでいた。しかし、概日リズムは、周期が温度の影響を全く受けないわけではなく、また、温度サイクルに同調することなどから、temperature independence (温度不依存)は適当な表現ではないので、いまでは使われていない。
time cue(同調因子)
transients(移行期)
新しい同調因子と再同調(resynchronization)する過程で、環境サイクルと生体リズムとの同調関係が一時乱れる時期。
ultradian rhythm(ウルトラデイアンリズム)
概日リズムより周期の短い生体リズム。
zeitgeber(Zeitgeber、同調因子)
主な文献
Aronson B.D., Johnson K.A., Loros J.J., and Dunlap J.C. 1994 Negative feedback defining a circadian clock: autoregulation of the clock gene frequency. Science 263, 1578-1584.
Aschoff J. 1960Exogenous and endogenous components in circadian rhythms. Cold Spring Harbor Symp. Quant. Biol. 25, 11-28.
Ashoff J., Klotter K. and Wever R. 1965Circadian vocabulary. In: Circadian Clock,
Aschoff J. ed., North-Holland Publishing Co., Amsterdam, pp.87-94.
千葉喜彦・高橋清久 1991 時間生物学ハンドブック 朝倉書店
Fraser, J.T. 1978Time as Conflict: A Scientific and Humanistic Study.
Birkhauser Verlag, Basel and Stuttgart.Halberg,F.,Carandente,F.,Cornelissen,G.,Katinas,G.S. 1977Glossary of chronobiology, Chronobiologia 4, Supplement.
本間研一・本間さと・広重力 1989 生体リズムの研究。北海道大学図書刊行会。
伊藤真次 1977 ヒトと日周リズム。環境科学叢書 共立出版
Moore-Ede, M.C., Sultzman, F.M. and Fuller, C.A. 1982The Clocks that time us. Harvard Univ. Press, Cambridge, Mass. pp. 381- 384.Minors,D.S. and Waterhouse,J.M. (eds.) 1989Masking and biological rhythms. Special issue in Chronobiology International, 6.
永山治男 1985 時間薬理学と治療 朝倉書店
Pittendrigh C.S. and Daan S. 1976A functional analysis of circadian pacemakers in nocturnal rodents. I. The stability and lability of spontaneous frequency. J. Comp.Physiol. 106,223-252.
Pittendrigh C.S. and Daan,S. 1976A functional analysis of circadian pacemakers in nocturnal rodents. V. Pacemaker structure: A clock for all seasons. J. Comp. Physiol. 106,333-355.
高橋三郎・高橋清久・本間研一 1990 臨床時間生物学 朝倉書店
この用語集を作るにあたって、まず最初に、下記のjournalの論文題目 ならびに key wordの中に1991~1995年の5年間にわたって現れた用語 のリストを作成し、これを中心にして、用語の取捨選択を行った。
Chronobiology International
Journal of Biological Rhythms
Biological Rhythm Research (前身:Journal of Interdisciplinary Cycle Research)