日本時間生物学会

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日本時間生物学会 理事長就任挨拶

重吉康史(近畿大学 医学部 教授)

 このたび2023年1月1日付けで深田吉孝 前理事長の後任として日本時間生物学会の第6期理事長をお引き受けすることになりました。これまで会長あるいは理事長としてご尽力された千葉喜彦先生、高橋清久先生、本間研一先生、近藤孝男先生、深田吉孝先生のお仕事を踏まえた上で会員諸氏にご協力頂きながら本学会の発展に貢献したいと考えます。

 それにあたり本学会の特質と、学会が目指す目標についてご紹介したいと思います。時間生物学は生物が生まれると同時に現れた生命の存続に必須の生物振動現象の仕組みを解き明かし、生物の根源に迫ります。それによって生物の多様性を保持し、さらに人間が人間らしくその能力を発揮向かうことに貢献しようとする学問領域です。

生物が生まれたときに時間生物学の研究対象も生まれました

 時間生物学の研究対象は生物に起きる振動現象です。概日リズム、日周リズムが研究対象となることが多いのですが、それ以外にも24時間よりはるかに短いウルトラディアンリズムや、インフラディアンリズムとよばれる24時間よりずっと周期が長い、冬眠現象のように一年にもおよぶような振動現象も扱います。この多彩な振動現象は生物が誕生したときから今に至るまで生物に寄り添ってきました。

 どうして生物の誕生したときに同時に生まれたと述べることができるのか。生物の基本的な性質は(1) 外界と膜で仕切られ隔離した内部をもつ、(2)自らの複製を作る、(3)代謝を行う、です。生物とウイルスの境は代謝の有無です。代謝システムを持たないことウイルスが生物ではないという根拠になっています。ウイルスは内部を隔離する膜構造を持ち、さらに複製はできるけれども代謝にて自らエネルギーを作ることはできません。膜で仕切られた空間で、代謝とよばれる化学反応が起こり生物は生まれました。生物は環境から取り入れた炭素を主とする基質を用いて偶然あった酵素として働く物質(本当に偶然でしょうか)を用いて化学反応を起こしエネルギー産生を始めます。その時点で熱平衡がこわれます。熱平衡が壊れると振動現象が必ずそこに現れます。そして無数に現れる振動のあるものは概日リズムを刻むことになります。生命の安定は、定常状態によってではなく振動によって達成されます。生物における振動現象を研究対象とする時間生物学は生命の根源に迫ろうとする学問領域であります。

生物多様性をまもる研究領域です

 時間生物学は生物多様性を護る学問でもあります。生物は内部の時計を用いて生息環境を広げ、過酷な環境においても生き延びてきました。いま地球上にいる生物はそういった点で勝利者でもあり、すべての種が生物時計の恩恵を受けております。進化の初期に身体にとりこんだ好気性細菌がミトコンドリアとなったように、取り入れた非線形開放系に現れる現象であるリミットサイクルが生物時計を形作って時を告げ、外部環境と内部からの栄養補給などの要求をすり合わせ、両者の言い分を聴きながらちょうどいいところで”かた”をつけてきました。この絶妙な最適解を求める仕組みに従えば種は絶えることはありません。生物が誕生したときから生命を優しく導いてきた生物時計について研究を進めることで種を護り生物の多様性を保持することに貢献いたします。

ヒトに、そして社会に貢献する研究領域です

 ヒトもこの生物時計を正しく用いることによって個々人の能力が十全に発揮される生き方を目指すことができます。しかしすべてのヒトは体内時計に従った生活を営んでいるでしょうか。現代社会はその生物時計、体内時計の運行を無視して発展を追い求めてきました。そのため多くの人々が内なるリズムと葛藤し、病に陥ると言う状況が生まれています。地球の歴史上、この生物時計に逆らって生活した生物はヒトが現れるまではいませんでした。よってヒトの身体が生物時計に逆らって生きるほどの進化を遂げるはずもなく、現代社会は体内時計を軽視したために多くの肉体にも精神にも過酷な状況が生み出されています。起きられないので学校や職場に行くことを放棄されている方々がいらっしゃいます。また社会的時差ボケとよばれる体内時計が規定する活動に適正な時刻(位相)と、社会が活動を要請する時刻(位相)の齟齬が多くの人の睡眠を奪い、活動の効率を低下させています。睡眠不足だけが、活動ポテンシャルの低下をまねくわけではありません。体内時計が作るリズミックな身体状況の変化に逆らって無理に活動、休息を意思の力で強制しようとした時に身体不調、疾患が現れます。

 時間生物学研究のゴールの一つは個々人が正しく生物時計を利用する方策を導き出し、保有する潜在的な能力を発揮し自己実現できる社会の達成です。そのために環境を自らの味方につけて生存を確保するしぶとい生物時計の本態を追い求め、それを社会に向かって示さなければなりません。さらに時には社会変革を求めるような提言を行うべきでしょう。「ヒトを社会に合わせよう」と言う提言と、「ヒトの特性に合わせるような社会を作ろう」と言う提言、どちらが正しいのでしょうか。こういった問いかけが現代に至るまでほとんどなされてこなかった事は時間生物学研究者の大きな瑕疵です。時間生物学会会員は生物リズムの研究を通してヒ最適化問題に真摯に取り組み、すべての生物に備わるリズム現象を研究し、それに基づいて社会に物申すことで人類に貢献すべきです。時間生物学は生物に現れる振動現象を解き明かし、ヒトが生存するのに最適の状況をつくることを目指す、社会にとってなくてはならない研究領域です。

最後に

 以上のように時間生物学はすべての生物を研究対象とし、自然科学、人文科学を含め、広範な学問領域との交わりをもつ極めて学際的な領域です。その研究は生物が保持する普遍的な仕組みの姿を解き明かそうとし、必ず地球環境や社会への貢献となるものです。時間生物学会会員はその芳醇なる成果を公開し、社会に提言を行うことで、環境を最適化することを目指します。

2023年4月 記